石川遼 メーカーとスポンサー契約

石川遼とヨネックスのが大型契約を結びました。今年1月10日にプロ転向を発表したハニカミ王子ですが、昨シーズンからさまざまなメーカーのクラブを試していたんです。結局は前日に埼玉県内で最終調整を行い、改めてヨネックスが自分に合ったクラブだと確認できたらしいです。この石川遼くんの経済効果はどれくらいあるのでしょうね。
石川遼くんは小学校4年生のときに初めてヨネックスのクラブを使い、ヨネックス側からクラブのサポートを受けるようになると、石川親子はヨネックスにレポートの提出を行っていました。その関係は、石川遼が昨年「マンシングウェアオープンKSBカップ」で優勝して「ハニカミ王子」と騒がれてからも継続されているのです。
石川遼とYONEXの契約金は複数年で6億とも報道されています。
石川遼くんのあの流れるようなスイングと高校生離れしたヘッドスピードはヨネックスとの連携によってもたらされていたんですね。
ヨネックスとのクラブ契約に関して石川遼は、「小学生のころからヨネックスのサイバースターを気に入って使っていました。アイアンはずっとヨネックスです。自分がこれからゴルフをしていく上で良いサポートをしていただけると思います。現在調整しているドライバーは飛距離が素晴らしいし、それよりも毎回良いスイングが出来るクラブが理想なのですが、それがヨネックスでした。クラブはまだまだ進化していくと思いますが、今の自分には最高のクラブです」。と話しています。
ハニカミ王子石川遼とヨネックスの契約は相思相愛で契約に至ったということですね。

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石川遼

ハニカミ王子こと石川遼くんは、6歳の頃、父に連れられてゴルフ練習場に行った事をきっかけにゴルフにのめりこむようになりました。ちなみに石川遼少年の当時の将来の夢は、ポケモンのトレーナーだったというのが微笑ましいじゃないですか。そんな石川遼少年が高校生となった2007年に行われたマンシングウェアオープン KSBカップで、石川遼くんは日本のプロゴルフ大会においての史上最年少優勝を達成します。男子ツアーでのアマチュア優勝は「中四国オープン」で優勝した1980年、倉本昌弘以来で石川遼くんは史上2人目でした。
この石川遼くんのマンシングウェアオープン優勝というのは世界最年少優勝記録(15歳245日)として、ギネス・ワールド・レコーズに認定されたんですよね。
石川遼くんのハニカミ王子というニックネームは、マンシングウェアオープンKSBカップの優勝インタビューでの言動から付きました。
初々しくてさわやかな石川遼くんのイメージにピッタリくるネーミングですっかり定着しましたね。
そして2008年1月10日、石川遼くんは記者会見を行いプロ転向を宣言します。16歳3ヵ月24日の史上最年少のJGTOツアープロとなった石川遼くんの会見はまだ記憶に新しいですね。
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石川遼 パナソニック ヨネックス

石川遼くんはプロ転向後、立て続けにヨネックス、パナソニックと契約を結びました。石川遼くんが契約を結んだヨネックスやパナソニックとの契約内容をちょっとおさらいしましょう。
まずはヨネックスです。石川遼くんは2008年1月25日にボール以外のウェアやクラブなど用具使用契約を結び、同28日には電機メーカーの松下電器産業(パナソニック)と所属契約を結んだと発表しました。パナソニックとの契約は年1億円(推定)の5年契約で、パナソニックのCM出演などの契約を含むほか、今季から開催されるアジアパシフィックパナソニック・オープン(9月25〜28日、大阪・茨木CC)に、石川遼くんがホストプロとして出場する予定になっています。
ファッションも常に話題になる石川遼くんですが、トレードマークのサンバイザーにはPanasonicのロゴが入ることになりました。
ヨネックスは東証2部上場企業で、石川遼くんとの契約が発表された途端株価が跳ね上がったことは記憶に新しい出来事でした。
ヨネックスの1970年代までの主力製品は、バドミントンラケットだったのですが、1980年代以降には硬式・軟式テニスラケット、ゴルフクラブの製造に力を入れ始めたという歴史がある会社です。
ヨネックスの主な契約スポーツ選手は、ゴルフでは石川遼くんの他にコリン・モンゴメリー、米山剛、米山みどりがいます。その他、テニスの伊達公子さんなど、ゴルフ以外や石川遼くん以外にもメジャーな選手との契約がたくさんあるヨネックスなのでした。
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